死ぬまで忘れられない事…「手袋


2005年11月30日水曜日

今から4年前の話です。

その日は、私の誕生日でした。

誕生日に合わせて、その5日前にほっかほっか亭さんから発売になった、私がプロデュースしたお弁当

「三枝ちゃんのよくばり御膳」の店頭キャンペーンを、広小路仲田店さんで行う事になったのです。

夕方5時からと言っても、もう冬。

陽は沈み、辺りは真っ暗で、とても寒い日だった事を覚えています。

こういう、自分のプロデュースした物を、商品として販売する事は、私にとって初めての経験で、

しかも、数あるほっかほっか亭さんの中から、この日の、この時間の、この場所に、私に逢いに、

どれだけのお客様が来て下さるのだろうか?一人もお越しいただけなかったらどうしよう…。

この気持ちは、公開放送でも、イベントでも、毎回思う不安なのですが、さらにこの時は、

お弁当を買っていただかなくてはならないので、とにかく心配で心配でなりませんでした。



5時になると、ポツっ、ポツっ、とお客様がお越し下さいました。

その時の、有難かった事。。。

もうこの方々には、一生、足を向けて寝られない…。



私は、たとえ一人でも、二人でも、とにかく人数なんかじゃない、私のために来て下さった方のために、一生懸命応対させていただこうと思いました。

タレントというのは、とかく、大騒ぎにならなきゃ恥ずかしい、と変な見栄があるものですが、

本当に大事なことは、そんな事なんかじゃなくて、自分がどう誠意を伝える事ができるかだと、

この時感じました。

終了予定の6時までには、行列もできる時があるほど沢山のお客様がお越し下さいました。本当に、感謝の二文字に尽きます。

        


そして、イベントも終わり、すっかり片づけも済み、「サァ、帰りましょうか」という時でした。

目の前に、1台のタクシーがスーッと来たかと思ったら、私の前で止まったのです。

そしてドアが開き、中から、小さなおばあちゃんが飛び出して来られました!

「もう、終わってしまった?終わってしまった?三枝ちゃんは?三枝ちゃんは?」

とても興奮気味で、一人で慌てていらっしゃいました。

すると、タクシーの運転手さんが降りていらして、、、

「このおばあちゃん、いつも聞いてるラジオの人が、今日、イベントをされるとかで、

その人に逢いたくて、今まで電車にも乗ったこともないのに、岐阜の山奥から電車を乗り継いで、

生まれて初めて名古屋に来て、名古屋駅から私のタクシーに乗られたんですよ。

それで、お連れした、と言う事です。」

と、おっしゃったのです。

私、びっくりしました。


「おばあちゃん!私が神野三枝です!」


おばあちゃんは、私の手を取り、


「あんたが三枝ちゃんかね!いつも聞いとるよ。あんたの放送が楽しみで、楽しみで、毎日聞いとるよ。

三枝ちゃんに一目逢いたくて、どうしても逢いたくて…。」ひとしきり、今日どうやってここまで辿り着いたかを話してくださいました。



そのまま、おばあちゃんは泣きながら、運転手さんに荷物をトランクから出してもらうように頼み、

コロコロの付いたカバンの蓋を開け、山のようなお菓子を、「三枝ちゃんにあげたくて、これも、これも、これも…」と、くださいました。


カバン一杯のお土産をコロコロ引っ張りながら、こんな小さなおばあちゃんが、乗ったこともない電車に乗って、来たこともない名古屋の、しかも仲田のお弁当屋さんまで何時間もかけて来て下さったのかと、思ったら、胸が詰まって、有難くて、申し訳なくて、私、涙が堪えられませんでした。


そしておばあちゃんは、また私の手を握ると、

「無理していかんよ。体を大事にね。あんたが三枝ちゃんか…。あんたが三枝ちゃんか…。三枝ちゃん、三枝ちゃん…」と何度も私の名前を呼び、

「なんて冷たい手をしとるの。」と言いながら、ポケットから、ご自分がいつも使っていらっしゃるんだろ手袋を取り出し、私の手に「かわいそうに、かわいそうに」と、はめて下さいました。

なんで〜私がおばあちゃんに、してあげなきゃいけない事なのに…。


それから、この手袋は、ず〜っと我が家の飾棚に飾ってあります。


私は、毎日この手袋を見て、毎日あのおばあちゃんの事を思い出し、毎日こう思います。

『私は、あのおばあちゃんのような人たちに支えてもらって、今があるんだ…。

決して傲慢にならず、謙虚にひたすら努力をして、感謝の気持ちを忘れてはいけない。

私、一生懸命、頑張らなきゃ!』




この手袋は、私にいっぱい大事なことを教えてくれました。

死ぬまで忘れちゃいけない大事なこと。ありがとうございました…。