世界文化遺産 国宝 姫路城の旅


ずっと見てみたいと思い続けていた姫路城に、遂に、行って参りました!



いざ、登城〜!



姫路城は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての建築技術の粋を極めた傑作!
1993年12月、法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に指定されたお城です。



元弘3年(1333年)、播磨の守護職、赤松則村が砦を築いて以来、さまざまな歴史を経て、
慶長6年(1601年)から8年の歳月を費やし、徳川家康の娘婿である池田輝政により建てられました。
天守は5層7階!総面積は、ガイドさんのお話によれば、東京ドームの50個分だとか!
では、中へと足を進めてまいりましょう〜



壁に○△□の穴が開いています。
これは、この穴から火縄銃や槍を出し、外に攻めてきた敵を攻撃するための穴です。
そして、こちらが、敵からの侵入を防ぐために、忍者が播いた「まきびし」と言われる、ひしの実です。
トゲトゲが痛くて、これじゃあ、この上は歩けない(*≧m≦*)



こちらは「武者だまり」。出陣する武士の集合場所です。
武者だまりの標準は132uとされ、鎧姿の武者6人で、3.3uとしているので、ここの中に
武者が満タンに入ると、240人!と、一目で武者の人数が数えられるようになっているのです。



「西の丸」
ここでは、私の愛する、映画『大奥』の撮影が行われたそうです。



そして二の丸の松の間から見る姫路城は、ガイドさんによるところの撮影スポット!
それが、こちら!



二の丸は、千姫ゆかりの場所で、将軍 徳川秀忠の長女千姫は、大阪城落城後、本多忠刻に再嫁して、
この二の丸で幸せな日々を過ごしました。
これは、千姫が生活の場所「化粧櫓(やぐら)」で、貝合わせをして、遊んでいる様子です。



さて、石垣が無数に積まれた姫路城。誰が運び入れた石なのかが分かるように、石に印がしてあります。



そして、こちらは、あの『暴れん坊将軍』のオープニングテーマで、
松平健さんが、馬に乗って走っているシーンが撮影された場所なんだそうです。



えっ!?「にの門」にある鬼瓦に、十字架を発見!
キリシタンの名残とも、魔除けとも言われているそうですが、日本のお城では珍しい紋瓦です。



また、何人もの城主が移り住んでいたため、補修が行われるたび、その城主の紋が付けられたため、
瓦の紋が、さまざまに違いを見せています。



 だいぶ、天守閣に近づいてきました!



天守閣近くには、井戸、米、塩といった、食糧庫が並んでいます。





天守閣に近づくと、敵の進入を防ぐ工夫がますます強化され、これは、出っ張った下の隙間の所から、
下に近づいた敵に石を落すための工夫です。



いよいよ城内、天守閣めざして110階段!



そして、遂にキタッッッ!
天守閣からの眺めッッッ!





空に向かって建ち並ぶ天守群と、白く美しい白壁の広がり、
天を舞う白鷺のように見える姫路城は、別名白鷺城(はくろじょう/しらさぎじょう)ともいわれます。
では、その美しい優美な姿をご覧ください。





そして、この位置からの姫路城が、一番美しいと言われているそうです。



姫路城は、敵からの侵入、攻撃に備えて、あらゆるカラクリを極めた、緻密な軍事力を結集した建築が施されていますが、実のところ、一度も攻め入られたことがなかったそうです。


そして、姫路は、太平洋戦争では2度の爆撃を受けたにも関わらず、この姫路城が現存している理由は、
当時、その真っ白で目立つ姿を、黒い布で覆って、見えなくしたからだそうです。


計り知れない多くの人々の努力によって築かれ、400年もの間、変わらぬ雄姿を見せ続けてきた姫路城。さらにこの美しさを守り継ぐために、2010年4月以降、5年間、修復工事のため素屋根で覆われてしまうそうです。コンピューターもない、すぐれた建設重機もない昔、これだけの芸術作品を作り上げた人力に、ただただ感服です。



「やれば出来る」という言葉がありますが、姫路城を見ていたら「出来るまでやる」という言葉の方が
深みのある人生を送れるような気がしてきました。




今回のツアー:「日帰り 姫路城への旅」
       往復新幹線+姫路城入場券で大人1人 10,000円